階段の裏側も素敵

階段の裏側も素敵

旧田中家住宅の続きです。これまたゴージャスな階段を上がって3階から順に見学します。
洋館建築だと玄関から入ったところのすぐ脇に応接室など待合いの場所を設け、玄関から正面にお客様用の大階段がどーん。というのが多いですが、旧田中邸は入ったところすぐに帳場があることから階段はちょっと奥まったところにあります。

1.洋館の見どころ 階段室

先程までいた応接室の建物内部側のドアを開けると赤い絨毯が敷かれた階段室へ。これまた素敵な色あいの木材を使った階段が迎えてくれるのです。

応接室から3階へ

応接室から3階へ

階段へ続くドアの上にもゼセッション(幾何学的な模様)の細工が。まぁ。おしゃれだこと。

1階から3階へ

1階から3階へ

見学の順路は、1階から3階まで一気に登って降りてきます。階段室の脇にもお部屋があるようですがここは非公開でした。何のためのお部屋だろう。

ちなみに階段の手すりにはコロナ対策のためにビニールがかかっています。手すりに触る際には、ビニールのところにつかまりましょうね。
スタッフさんが消毒してくれていました。

階段の裏側も素敵

階段の裏側も素敵

この手の洋館は、階段の裏側も手を抜かない。裏側も美しい。白漆喰の壁との対比がいい!
そして階段は3階まで折上げ階段となっていますが、装飾がゴテゴテしておらず、意外とシンプルなのです。

そして上を見てみると、なんだこれは!?

バルコニー!?

バルコニー!?

バルコニーのようなものも。

「おぉ。ロミオ。あなたはなぜロミオなの?」と言いたくなる。素敵な演出だわ
ここは残念ながら立ち入り不可エリア。

それではさっそく3階へ。まずは母屋直結の「内蔵」です。

2.重厚な鉄の扉の先は「蔵」なのだ

3階 内蔵へ

3階 内蔵へ

3階まであがってまずは右から。重そうな観音扉の先は「蔵」です。扉は鉄でできていて厚い!
「独立した蔵をのちに母屋とつないだ」とか、ぱっと見で「あ、これは蔵だな」とわかる屋敷は醤油屋さんや味噌屋でよく見たけど、ここまで一体化して外観も内部も違和感がなく、デザイン性を損なわない造りは珍しい。しかも3階建てで、蔵の中に階段があるわけではなく、母屋の階段から入るなんて!

と、考えれば考えるほど、奇抜だ。

この蔵の中は「上田一味噌(じょうたいちみそ)」の資料が展示されています。

内蔵の天井はむき出しです

内蔵の天井はむき出しです

一瞬、ここが蔵だということを忘れそうになるけど、見上げるとむき出しの天井。梁の木材、いい木使ってるなぁ。
蔵の中には窓もあり、すぐ前の岩槻街道も見えます。ここに窓があるということは、味噌を作っていたわけではなく、お宝の保存などで使われていたのでしょうか。

「上田一味噌」とは、今も残る田中徳兵衛商店の登録商標で、麦味噌は「上田一(じょうたいち)」、米味噌は「上田(じょうた)」として製造していたそうです。

昭和初期の川口の様子

昭和12年に描かれた味噌工場

右下に描かれている田中徳兵衛商店だけでなく、他にも味噌の醸造元が芝川沿いにたくさんあったんですね。
川口のベッドタウン化につれ、田中徳兵衛商店は味噌の醸造から問屋さんへ転身。川口市内に8軒あった味噌メーカーは現在は一軒も残っていません。
川口で作られた味噌、食べて見たかったなぁ。

余談ですが、大豆を煮るところから味噌を作ったことがあるのですが、真冬に仕込んで夏に寝かせ、冬にやっと味噌になるのですが、東京の夏はだめだー。味噌を発酵させるには東京は暑すぎる。

味噌づくりではなく

 

カビの培養床になってもうた!!!

 

白いカビは混ぜておけば冬になったらなくなるそうなのですが、アオカビだか黒カビだかよくわからんものが大量発生し、取り除いて焼酎まいて、塩を追加して寝かせたらしょっぱくなってしまいました。
一応写真とったけど、門外不出。放送禁止レベルでございました。

川口も東京と気候は変わらないので、昭和初期と同じ製法はいずれにせよ難しかったでしょうね。

味噌は仕込んだ後は麹菌にがんばって発酵してもらいます。家で作る場合はそのまま放置でOKなのですが、とても時間をかけて作られるものです。味噌の作り方の展示もあるのでぜひ見てくださいね。

 

さらに興味深い絵がいくつもありました。

味噌蔵があったころの旧田中邸

味噌蔵があったころの旧田中邸

正面から撮ると照明が当たってしまうので変な撮り方ですが。
すごい。洋館の周りを味噌蔵がぐるっと囲んでいる!写真の左下は、1Fの応接室から直接外に出れるところですね。納品?集荷?しているようです。

そしてこれが旧田中家の敷地がどんだけ広かったかをおしえてくれる1枚。

河岸から味噌を出荷している様子

河岸から味噌を出荷している様子

敷地内の河岸から味噌を出荷している様子です。

旧田中邸の前の岩槻街道、その先の芝川。結構遠いぞ
岩槻街道の先にはリンガーハットもあるぞ
敷地の広さに驚きです。

そして内蔵の中にさらに部屋がありました。

展示室の奥のスペース

展示室の奥の休憩室

ここは通常は椅子とテーブルが置かれた休憩室になっているのですが、コロナウィルス感染防止策のためか、椅子とテーブルは撤去されていました。

入ってすぐに目につくのが・・・クローゼット?ここって内蔵の中だよね!?
普通に洋間のクローゼットでした。

窓もあるし、クローゼットもあるし、ワタシ、ここ、普通に住めるよ!

金持ちの考えることはわからない・・・。

展示室横のスペース

休憩室

休憩室はかつてのこの周辺の地区名「南平地区(なんぺいちく)」の古代からの歴史の展示がありました。

次は内蔵の隣にある「控えの間」です。

3.パーティー前は控えの間で

この先に続く「大広間」でパーティが開かれる際に控えの間として使われていた部屋です。

よくよく考えるとすごい造りだな。
玄関から帳場を通らず応接室に通され、ドアを開けると正面にでーんと階段室。パーティの会場は3階だからと階段を上っていくと右に観音開きの内蔵があって(お金持ちだと一見してわかる。)、階段正面に控えの間。控えの間から廊下に出ずに大広間へ直結。
通常、大広間は1階にあることが多いけど、旧田中家は、見晴らしがよいからと3階に大広間があります。そこまで極力、廊下を出ずに使用人にも会わずに行き来ができる仕組みになっている。

なんて造りだ!

控えの間へ

控えの間へ

招待された気分で控えの間へ。

控えの間

控えの間

逆光になってしまっているけど、腰壁に木材が使われていて、窓枠も木の素材の色を活かして重厚な雰囲気だった1階の応接室と違い、こちらは窓枠まで白で統一されていて明るくかわいらしい雰囲気。

1階の応接室が殿方が葉巻を加えて待っているイメージで、こちらはご婦人方がおしゃべりしながら待っている雰囲気。ワタシならそう使う!

控えの間

控えの間

白漆喰の天井にもしっかりと細工が。どの部屋ともデザインが違う。凝ってるなぁ。

部屋の三面に窓があるので採光良し、見晴らしは抜群。
すぐ目の前を岩槻街道が通り、写真の左側の窓からは敷地内という河岸の様子が見え、当時はまわりは背の高い建物もないのでどこまでも見える。

待っている間に絶景をご覧あそばせ。

そういうことか!

そしてワタシは見つけてしまった。

控えの間

控えの間

テーブルが素敵すぎる件!!!

これ、天板は大理石!?しかもけっこうな厚みだぞ。天板を支える脚の細工も見事です。
上ばっかり見がちだけど、床の細工も素敵です。

かわいらしいお部屋で心地よい空間だったのだけど、この館で最もゴージャスな部屋はレベルが違った

大広間編へ続く。

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「和洋折衷のいいとこ取り!旧田中家住宅 INDEX

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