三渓園 内苑② 二条城から移築された聴秋閣は粋な建物だった!

三渓園 内苑の建物はまだまだあります。歴史的建造物で桃山時代から江戸時代にかけての建物を紹介していきます。

月華殿

臨春閣から石段をのぼったところにある月華殿

月華殿
重要文化財 月華殿

建築年:江戸時代 慶弔8年(1603年)
移築年:大正7年(1918年)

京都の伏見城にあった建物。大名が来場した際の控え所として使われたとされています。
伏見城!?また豊臣秀吉由来の建物!?と思ったのだけど、建築年代が1603年ということなので、徳川家康時代の伏見城からの移築かな。と、公式サイトで調べてみたら、やはりそのようです。

三渓園 月華殿
三渓園 月華殿

 

採光が十分にとれる造りをしている座敷。

登ってきた時はさほど大きな建物に見えなかったのだけど、まわってみると奥に長い建物で、これまた立派だ。

これが「お付きの人の控えのスペース」だったというから驚き。さすが伏見城!

月華殿は宇治の三室戸寺金蔵院にあったものを、付属していた茶室であった現在三渓園にある春草廬とともに移築されてきたという。移築時にはいったん解体したのだけど、役に立たない部材であっても一本ずつ丁寧に新しい晒し布で巻いて運んだそうで、原三渓の建物に対するリスペクトと愛情がすごすぎる!

 

金毛窟

月華殿の左側にくっついている小さな建物が金毛窟。三渓園へ月華殿が移築された時に新たに作られた茶室です。

金毛窟
奥に見えるのが金毛窟

建築年:大正7年(1918年)

Produced by 原三渓ということで、作られたのは大正7年と歴史は浅いけれど、月華殿とマッチしている。

広さは「一畳台目」。一畳と約3/4の大きさの畳からなる小さな茶室。名前の由来は床柱に京都・大徳寺の門「金毛閣」の高欄の手すりの古材を用いていることからだそうな。
名古刹であった大徳寺の古材を使っているとは。
三渓園の建築物。侮れない!

 

聴秋閣

今回、臨春閣とならんで見てみたかったのがこの聴秋閣。江戸時代には既に1世代前であっただろう、望楼があがっている古式ゆかしい、でもどことなくモダンな建物です。

聴秋閣
重要文化財 聴秋閣

建築年:江戸時代 元和9年(1623年)
移築年:大正11年(1922年)

京都の二条城内にあったと伝わる建物。

あの二条城ですよ!

さらに徳川家光春日局に譲ったという楼閣建築

ひぃー。徳川家光に春日局! ビッグネームすぎる!!!

 

徳川家光が上洛する際の1623年に二条城内に建てられ、その時は「三笠閣」という名称でした。のちに家光の乳母をしていた春日局に与えられたということが、春日局が家光に仕える前の嫁ぎ先だった稲葉家に伝わっています。案内板によると、

意匠は、幕府の造営・修繕に関わる作事方を務めた佐久間将監によるといわれ、3つの屋根を組み合わせた外観から移築前は三笠閣と呼ばれていましたが、原三溪はこれを聴秋閣と改め、周辺を秋に紅葉を楽しむ風情としました。

聴秋閣のまわりには紅葉が植えられていて、これは秋に映えるな。
部屋の中でお茶を点て、季節によって変わる木々や葉の色を楽しんでいたのでしょう。風流だなぁ。

この移築をもって三渓園が完成。原三渓によって最後に移築された建物になります。

これぞ金持ちの道楽!といった感じなのだが、足元に小川が流れていて、入口は奥の畳の間より一段低くなり、床には木製のタイルが敷き詰められていて、舟遊びをしたあとにそのまま入れるように建物が配置されている。

木製のタイル???

寄木の床みたいな感じなのかな?と不思議だったのですが「ぶらぶら美術・博物館」の放送を見返したところ、真四角にカットされた木の薄い板が敷き詰められていた!うん。これはタイルという表現がぴったりだ!
おしゃれで粋だよなぁ~。

聴秋閣と井戸
聴秋閣と井戸

井戸もすぐそばにあり、お茶出しの準備もいつでもOK!紅葉を眺めながらお茶をいただきたい気分になる。原三渓もそうだったのでしょうね。
「聴秋閣」という名前の通り、秋が似合いそうな建物でした。

 

春草蘆

聴秋閣から少し下ったところにある茶室、春草蘆

春草蘆
重要文化財 春草蘆

建築年:江戸時代(小間のみ)
移築年:大正11年(1922年)

この春草蘆。なんと織田信長の弟・織田有楽の作とな!これまたビッグネーム!

春草蘆
重要文化財 春草蘆

左側の三畳台目(3.8畳ほど)の小間が織田有楽の作といわれる茶室。月華殿とともに大正11年に京都・宇治の三室戸寺金蔵院から移築されてきました。

原三渓は移築の際に水屋と広間を追加し、臨春閣の裏手に白雲邸とつなげて建てました。第二次世界大戦中にはいったん解体され、戦後に現在の場所に再移築されたということで、これまた原三渓の愛情が感じられる。

とまぁ、秀吉関連の建築物以外のコレクションも由緒あるすごいものばかりなのだけど・・・

春草蘆の庭には「東大寺の伽藍の礎石」という石が置かれていたり、

春草蘆の近くに無造作に謎の石棺と石蓋が置かれていたり。

と、なんでも由緒がありそうなものをコレクションしてしまうところにシンパシーを感じてみたり。
なぜ、こんなものまで集める!?といったもよくわからない石材があったりして、原三渓という人となりをもっと知りたくなりました。

 


内苑の紹介はこれで終わり。
外苑には室町時代から明治時代のこれまたバラエティに富んだ建物が置かれていました。

三渓園 外苑編に続く

■内苑
鶴翔閣 横浜市指定有形文化財
御門 横浜市指定有形文化財
白雲邸 横浜市指定有形文化財
臨春閣 重要文化財
三渓記念館(博物館)
⑥亭樹
月華殿 重要文化財
金毛窟
天授院 重要文化財
聴秋閣 重要文化財
春草蘆 重要文化財
旧天瑞寺寿塔堂 重要文化財
蓮華院
⑭海岸門
<茶屋または待春軒で昼食>
■外苑
⑮旧燈明寺三重塔 重要文化財
⑯林洞庵
⑰横笛庵
⑱旧東慶寺仏殿 重要文化財
⑲旧矢箆原家住宅 重要文化財
⑳旧燈明時本堂 重要文化財
㉑大池の周りをまわって正門へ
※⑤三渓記念館、⑲旧矢箆原家住宅以外は外観見学のみ
※④臨春閣は特別公開時のみ内部の見学が可能
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